スポーツ




経歴

*中学時代:ボクシング(貧しかったので、プロでお金を稼ぎたかった。)

*高校・大学:陸上(三段跳び)

*中京大学陸上部に所属、コーチは田島直人氏(三段跳び金メダリスト)・先輩の具志堅さんはオリンピックに出場。陸上をする環境という点から、(中京大学からも誘いがあった)中京大学を選んだ。

田島氏がコーチをしたのは、以下の写真の三段跳び・走り幅跳びの選手のみである。
トレーニングは、棒高跳び・短距離・投てき・長距離と全てブロックにわかれて練習をするので、ブロックが違うとあまり話をする機会もない。ようするに、部員が多すぎる。(レベルにより待遇も異なった。)
投てきの室伏(オリンピックの金メダリスト)の父親とも同じグランドで練習をしていたこともある。僕が田島氏にならったのは、陸上・ドイツ語の授業である。写真の後列 左から2番目が僕である。(当時、大学1年生)
田島先生は、グランドにたまに立っておられて選手には細かいことは言わない、たまに跳躍選手を集めて講義をされていた。田島先生のアマチュアスポーツに対す考えに共鳴していたことが記憶に残ります。
その中で、中京大学をを批判していたようで、商業主義的になるスポーツ界を危惧していたのかも知れません。
当時の梅村学園は、高校は高校野球(2009年中京大学中京で全国優勝)大学は陸上競技に力を入れていました。
 前列、左から6番目が具志堅さんでオリンピックに出場した。
大学の練習は、練習中には水を飲まない、練習がきつすぎて、下宿に歩いて帰るのがやっとで、疲労しすぎていると下痢をすることもたびたびあった。
 具志堅さんは、オリンピックに出場して、すぐに陸上を止めてしまった。やはり、生活に対する不安があったようで、僕にそのよな事を語っていた。
具志堅さんとは、瑞穂競技場で声をかけられ一緒に走りましたましたがものすごく速かった。 (大学には、10秒台走る選手はゴロゴロいましたから、ちょっと違う!)いっきに離される、今のようにスポーツを続けれる条件があれば 17mを跳んでいたと思います。
かつては、スポーツでは飯を食えない時代でしたからしかたなかったのかも知れません。

田島氏と三段跳び・走り幅跳びの選手
田島直人氏
田島直人氏と三段跳び部員